春一番の便りが過ぎ、フラワーショップに桃の花が置かれ始めた頃、娘から「お雛様を飾ったから見に来て」とLINEで誘われた。
私は久しぶりに結婚したての娘夫婦の住む隣町に出掛けて行く事にした。
到着したのは昼過ぎだったが私の為に(というより人形の為に?)ぼんぼりが灯された。
自然と「あかりをつけましょ、ぼんぼりに♪」のあの歌が思い出される。
そもそもお雛人形は位の高い方の婚礼を表しているらしく、古くは結婚式は夜行われたそうなのでぼんぼりは必須アイテムなのだ。
春の夜の結婚式とは何とも素敵ではないか。
満開の桃の花の下、踊ったり笛を吹いたりするのは疲れるから私は断然右大臣の役が良い。
甘い白酒は遠慮して、自分の盃にはこっそり高級ワインを入れておこう🍷
妄想はここまでに。この先は30年ほど前の娘の初節句の思い出に遡る。
この娘のお雛様は私の母が初節句のお祝いに買ってくれた人形なのでつまりおばあちゃんが孫にプレゼントしたという事になる。
こんなに月日が流れても姿形の優雅さは当時と少しも変わらない。
人形店に行きたくさんの雛人形を見た中でこのお雛様が1番綺麗だった。
お雛様は女の子が生まれた時は女親の方の実家が用意するという習わしがあったようで(今はそんな決まりは無くなってきているが)私の母はかなり無理をして高価な物を買ってくれた。
それは今も感謝している。
私の両親は離婚しているので父はいない。
そして3月3日の初節句の日。
お祝いは娘の男親の実家で盛大に行われた。
まだ1歳未満の子供の為に親戚からご近所の方まで大勢の方がお祝いに来て下さった。
総勢20名以上だったと思う。
この和室2間をぶち抜いた宴会場の上座に私の実家から送られてきたお雛様が飾られたのだが、どうも会場の大きさと親王飾りの人形の大きさのサイズバランスが悪い(親王飾りとはお内裏様の一対飾りのみ)
これだと1番後ろの席から人形が見えない💧
これを見たお義母(かあ)さんから「あら、8段飾りじゃないの?随分と小さいわね」と言われてしまった。
この言葉を受けてお雛様は恥ずかしそうにうつむいたように見えた。
確かにこの辺りは大きな家ばかりでお雛人形と言えば8段飾りのデラックスバージョンが主流だ。
私は「これは8段飾りと変わらないお値段なんです。それに私達の住むマンションにはこのサイズが丁度良いんです」
私は何だか母が可哀想になり必死で説明した。
今度はお義母さんはまじまじと人形を見つめ「良く見たら良いお顔だわ。若い人はセンス良いわね」と言ってくれた。
嬉しくなった私はお雛様を誇らしい気持ちで眺めた。
すると人形は微かに笑ったように見えた。
後にも先にもこの人形に人間の表情を感じたのはこの時だけで、それからはいつ見てもすました顔をして座っている。